ライスで

ひねもすのたりのたりかな

自己紹介(20180118)

学習欲が高めのアラサーです。

 

夫と2人の子どもの4人家族で、東京近郊に住んでいます。

割と安定的な仕事に就いるのですが、仕事を辞めて大学院に行きたいと考えています。

新しい生き方を模索し記録するため、またアウトプットの練習も兼ねて、ブログを書いています。

今年もよろしくお願いします

今年はもう少しブログを書きたいな

 

家族が増えたのに変えてないプロフィールから書き変えなくちゃ

 

下書きばかり増えていく

幸せ

それに気が付けるか、気が付けないか

「青い鳥」だと思うけれど

 

そうは言ったって、

誰かと比べたり、無い物ねだりして

悲劇のヒロインを演じたい日だってある

 

一つだけ測り方を知っている

「いまの暮らしをずーっと続けたいか」

YESなら、幸せってこと

 

日々変化する暮らしを維持するのにも努力はいるけれど

なんだかんだ言って「今」に満足してるなら幸せだと思う

 

私は少し変えたい

金色の ちひさき鳥の かたちして

銀杏散るなり 夕日の丘に

与謝野晶子

 

子どもと、トウカエデの葉をひろう

 

秋なんて感じる間も無く冬が来る

人間万事塞翁が馬

まだ少女だった頃、ひどく落ち込むことがあって、父親にも母親にも、「塞翁が馬」と言われた。

別々のタイミングだったけど、同じように言うから驚いた。私もすんなりと、受け入れられた。今でも大切にしたい言葉。

 

示し合わせてたのかしら?

同じように考えていたのかしら?

私にとってブログとは?

アウトプットの場にしたいと思っても、どんなふうに書きたいのか、決められていない。

 

口語体?文語体?

誰に対して?

どんな長さで?

どんな話を?

日記?記録?エッセイ?

 

私にとっては集客ツールでもないし、一貫してなくてもいいのかな。  

描いていくうちに変化していくのが、ブログの面白いところだと思う。

そう言えば、一時期「汚部屋」ブログを読むことにハマっていた。読み進めるうちに、部屋がどんどん綺麗になっていく様を、その場にいる目撃者のように読めるところに爽快感があった。書いている人たちもだんだんと明るくなっていくようで、読者としてずいぶんやる気と元気をもらったものだった。

 

何かを表現することを楽しむには、露出を楽しめるような、ある種の「露悪狂」の感性が必要なのではと感じる。私は私の何を書きたいのか。

アウトプットの必要性を感じています

いろいろなことがあって、頭の中も心の中もぐちゃぐちゃ

 

少し吐き出さないと、思考のスペースが足りなくなるみたい

 

流れない水が淀むのに似ている